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俺の考える自殺の定義と俺の出生の簡単な話

by
孝二
孝二
先に伝えて置きたい言葉があります。「有言不行」と言う言葉です。それはなにかと言うと通常の「有言実行」とは対称的に自分の言葉に一切の責任を持たず、
その言葉と全然違う態度をとると言う意味です。そしてかなりの人が
「有言不行」をしていることに気づいていません。ですがそれが世界の仕組みだと思っています。自分ですらそうなのだから…そして俺はいつしかどうせ何を言っても実行に移せない或いは移さないのなら(どんな本音も言葉も紡ぐ事を
止めよう)と思うようになっていました。だって何を話しても実行出来ないし
する力もないのだから…しかしなにも喋らず何も聞かず何も見ない生活は
死んでいるのと同じです。だってそれらをしているということは何にも干渉せず何にも干渉させないと言うこと、詰まる所自分は最初から存在しないことになるということ。ですがそれは良い得て合っているような気がします。
この話をすると「絶対に有り得ない」とか「そんな馬鹿な」などの声が聞こえて来そうですがそろそろ真実を話そうと思います。それは
「俺は仮死状態で生まれてきた…つまり今の俺は半分死んでいる状態」と言うことです。だからなのかも知れませんね。幽霊に憧れ、人のもつ存在感に憧れるのは。こんな話をすると頭がおかしいと思われそうで正直恐いですが。
物理的に死んで幽霊になりきることも出来ず、本当の意味で人間になりきることも出来ず宙ぶらりんな俺は今まで本当はなんなのだろうと考えて生きてきました。ですがいくら考えても答えは出ませんでした。そして周りは皆
​​​​​​平気で「有言不行」する人間達…そして自分にもその血が半分流れている。(後は死んだ人の血かも知れませんが…)なので自分は自ら発信せず何にも干渉しないようにしようと思いました。そう行動をとるということはなにも見ず、なにも聞かず、なにも感じないようにする。つまり死んでいると同義だと思うからです。生きてるのに死んでると言うのは良い得て奇妙な話ですが。それが俺の考える自殺の定義です。物理的に生きていたとしても、精神面で死んでいるのならその人間はいないのと同じ…つまり死んでると同じです。そして今の自分は精神面では完全に死んでいる人間です。だって何を見ても聞いてもなにも感じないのだから…そういう意味では自分は自殺に成功したと思っています。
自分は既に存在していないのだから…
以上で「俺の考える自殺の定義と俺の出生の簡単な話」を終ります
更新日時:2018/02/23 22:03
(作成日時:2018/02/23 22:03)
コメント( 2 )
粉蜜柑
粉蜜柑
2月23日 22時29分

「生きている」人間の不完全さに気付けるのはすごいことじゃないでしょうか
普通の人が考えないことを考えるのは何かに生きてくる…と信じています
それに何を見ても聞いてもなにも感じない人なんてたくさんいると思いますよ
自分も年々感情が薄れてきて楽しいはずのことをしても身近な人がいなくなってもあまり何も感じなくなってきてます
不快に思ったらすみません、失礼しました

孝二
孝二
2月23日 22時42分

押しがけさん>
大丈夫ですよ。考え方は千差万別ですから

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